バスケットボール選手のアレックス・カーク選手は、Bリーグの琉球ゴールデンキングスに所属し、その圧倒的な存在感で多くのファンを魅了しています。
彼のキャリアやプライベートについて詳しく知りたいと思っている方もいるのではないでしょうか。
元プロバレーボール選手の奥さんとの結婚や子供の誕生、日本国籍を取得して日本代表としてプレーするようになった経緯、さらにはNBAでの経験や独特なフリースロー、そのプレースタイルに至るまで、様々な情報が求められています。
#53 アレックス・カーク選手 契約(継続)のお知らせ
#53 アレックス・カーク選手との2025-26シーズンの選手契約(継続)をお知らせします。選手コメントは公式サイトをご覧ください。
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— 琉球ゴールデンキングス公式 (@RyukyuKings) June 24, 2025
この記事では、そんなアレックス・カーク選手の経歴や素顔に迫ります。
- アレックス・カーク選手の華々しいキャリアと日本での活躍
- 日本国籍取得に至るまでの背景と日本代表での役割
- 彼の特徴的なプレースタイルと試合での貢献
- プライベートにおける家族とのエピソード
アレックス・カーク選手としての経歴
- NBAでの挑戦と経験
- アルバルク東京から琉球へ
- 彼のプレースタイルとは
- 日本国籍取得への想い
- 念願の日本代表入り
- 独特なフリースロー
NBAでの挑戦と経験
アレックス・カーク選手は、ニューメキシコ大学で4年間プレーした後、2014年のNBAドラフトでは指名されませんでしたが、クリーブランド・キャバリアーズと契約を結びました。
これは彼のプロキャリアにおける大きな一歩となりました。
キャバリアーズでは5試合の出場に留まり、プレータイムも合計14分と限られていましたが、大半を傘下のクリーブランド・チャージで過ごし、Gリーグでの経験を積みました。
NBAでの経験は短かったものの、そこで得たスキルや経験は、その後の彼のキャリア形成に大きな影響を与えています。
その後、イタリアのセリエA2に所属するピストイア・バスケット2000、中国プロバスケットボールリーグの龍獅籃球倶楽部、そしてトルコ・バスケットボール・スーパー・リーグのアナドル・エフェスSKといった海外の強豪リーグでプレーし、国際的な経験を豊富に積みました。
これらの経験が、彼のプレースタイルやバスケットボールに対する理解を深める上で重要な役割を果たしています。
アルバルク東京から琉球へ
カーク選手は、海外でのプレー経験を経て、2017年7月26日にアルバルク東京と契約し、日本でのキャリアをスタートさせました。
来日前は日本のバスケットボールコミュニティについてあまり知らなかったと語っていますが、A東京での6シーズンにわたる活躍は目覚ましいものでした。
特に、A東京でのBリーグ連覇には大きく貢献しており、チームの中心選手として存在感を示しました。
2023年にA東京を退団した後、同年9月11日に琉球ゴールデンキングスへ加入しました。
琉球への移籍後も、彼はチームにとって不可欠な存在となっています。
シーズン途中の2024年1月には日本国籍を取得し、帰化選手としてBリーグに登録され、これによりチームにおける彼の役割はさらに広がり、ジャック・クーリー選手と共にインサイドを固めるなど、新たなラインナップでのプレーも実現しています。
2024-25シーズンの琉球ではレギュラーシーズン58試合に出場し、平均21分1秒のプレータイムで10.5得点、5.6リバウンド、1.0アシストを記録するなど、チームの西地区優勝に貢献しました。
彼のプレースタイルとは
アレックス・カーク選手は、身長211センチ、体重114キロという恵まれた体格を持つセンターです。
彼のプレースタイルは、主にインサイドでの圧倒的な強さとリバウンド能力に特徴があります。
ゴール下でのポストプレーは相手にとって脅威であり、オフェンスリバウンドに積極的に絡むことで、チームにセカンドチャンスをもたらしています。
しかし、彼の魅力はそれだけではありません。
シュートレンジが広く、3ポイントシュートも打てる柔軟性も持ち合わせています。
これにより、相手ディフェンスはインサイドだけでなく、アウトサイドへの対応も余儀なくされ、守備の幅を広げています。
また、高さと速さを兼ね備えたディフェンスも彼の強みです。
チームプレーを優先する献身的な姿勢も彼の特徴であり、自身の役割を理解した上で、得点に特化せずともチームに貢献するプレーを厭いません。
チームのシステムを理解し、スクリーンをかけたり、適切なポジショニングを取ったりと、常にチームの勝利のために尽力する頼りになる選手です。
日本国籍取得への想い
アレックス・カーク選手が日本国籍を取得した背景には、日本での長いキャリアと、チームメートからの後押しがありました。
彼は2017年から日本でプレーしており、日本での生活はすでに7シーズン目に突入しています。
日本に来る前は日本のバスケットボール文化についてあまり知りませんでしたが、来日後、日本人選手とのプレーに慣れるには当初時間を要したものの、すぐに馴染むことができました。
日本での3年目を迎えようとしていた時期に、アルバルク東京時代のチームメートである安藤誓哉選手や竹内譲次選手、ザック・バランスキー選手らと数年先のキャリアについて話す機会がありました。
彼らが「日本のパスポートを取得すれば、日本代表として一緒にプレーできるよ!」と声をかけてくれたことが、カーク選手が日本国籍の取得を真剣に考えるきっかけとなりました。
ニック・ファジーカス選手やライアン・ロシター選手といった先輩帰化選手の存在も、彼にとって大きなモチベーションとなり
特にファジーカス選手の帰化手続きがスムーズに進んだ様子を見て、自身も挑戦しようと決意したと語っています。
帰化手続きは非常に長く、ストレスを感じるものであったと述べています。
日本語の学習や弁護士とのやり取りなど、多くのプロセスが必要でしたが、幸運なことに周囲の人々のサポートに恵まれました。
特に琉球ゴールデンキングスに加入してからは、チームのスタッフが手厚くサポートしてくれたおかげで、手続きを問題なく進めることができました。
念願の日本代表入り
日本国籍を取得したアレックス・カーク選手にとって、日本代表でプレーすることは大きな目標の一つでした。
彼は「友人である日本人選手たちと一緒に日本代表でもプレーできるチャンス」と捉え、帰化手続きを進めました。
当初の友人と日本代表でプレーする機会は少なくなりましたが、それでも日本を代表してプレーできるチャンスがあることは、彼にとって大きなモチベーションとなっています。
実際に、彼はFIBAアジアカップ2025予選などの日本代表戦に出場し、活躍を見せています。直近のFIBAアジアカップ予選Window1では、モンゴル代表戦と中国代表戦の両方に出場し、チームの2連勝に貢献しました。
特にモンゴル代表戦では、チーム最多の24得点17リバウンドをマークし、攻守にわたって躍動しました。
日本代表チームは近年、目覚ましい成長を遂げており、FIBA主要大会で中国代表に88年ぶりに勝利するなど、その勢いは増しています。
カーク選手は、自身がどのような形であれ日本代表をサポートできるのであれば、それは素晴らしい機会だと考えています。
彼は富樫勇樹選手や河村勇輝選手といったポイントガードとの連携を楽しみにしていると語っており、アルバルク東京時代のチームメートである安藤誓哉選手や田中大貴選手とも再び日本代表でプレーしたいという思いも持っています。
参考:https://www.bleague.jp/media_news/detail/id=382714
独特なフリースロー
アレックス・カーク選手は、試合中の独特なフリースローフォームでも注目を集めています。
そのフリースローは、ボールを顔の高さまで持ってきた後、一度ストップし、そこから頭の上に上げてスローするという二段モーションのような形が特徴です。
この独特なフォームは、対戦相手を戸惑わせることがあり、特に初めて対戦する選手は、カーク選手がボールをリリースする前に思わず動き出してしまうことがあります。
Bリーグの解説者やファンからも「初見じゃ絶対無理!」「シュートフェイクのよう」と話題になるほど、そのユニークさは際立っています。
しかし、そのフォームにもかかわらず、カーク選手は高いフリースロー成功率を誇っています。
例えば、FIBAアジアカップ2025予選のモンゴル代表戦では、10本中8本成功させ、80%という高い成功率を記録しました。
これは、彼のフリースローが単なるパフォーマンスではなく、着実に得点に繋がる効果的なものであることを示しています。
このように、彼のフリースローは相手を惑わせつつ、自身は確実に得点を積み重ねるための武器となっています。
アレックス・カーク選手のプライベート
- 元プロバレー選手と結婚
- 第一子である子供の誕生
- 日本と家族への思い
- 来日したきっかけと帰化
- 日本での生活と沖縄の魅力
元プロバレー選手と結婚
アレックス・カーク選手は、2022年6月に元プロバレーボール選手のレイチェル・アダムズさんと結婚を発表しました。
アダムズさんは、バレーボールのアメリカ代表として活躍した経歴を持ち、2016年のリオデジャネイロオリンピックでは銅メダルを獲得するなど、国際的な舞台で輝かしい実績を残しています。
アスリート同士の結婚であるため、お互いのキャリアや生活に対する理解が深く、互いを支え合う関係を築いていることがうかがえます。
特に、カーク選手が日本でのキャリアを続ける上で、アダムズさんが2年前から一緒に日本に住み、大きな支えとなってくれたと語っているように、家族のサポートが彼のパフォーマンスにも良い影響を与えていると考えられます。
第一子である子供の誕生
カーク選手とレイチェル・アダムズさんの間には、2024年8月に第一子が誕生しました。
琉球ゴールデンキングスがこの吉報を報告しており、カーク選手自身も「子どもが生まれ、家族が増えました!今シーズンもより一層、家族のために頑張りたいと思います。沖縄アリーナでまた皆さんに会えることを楽しみにしています!」とコメントを発表しています。
子供の誕生は、カーク選手にとって大きな喜びであると同時に、選手としてのモチベーションにも繋がっているようです。
家族が増えたことで、バスケットボールへの取り組みにも新たな意味が加わり、以前にも増して熱意を持ってプレーに臨む姿が見られます。
日本と家族への思い
アレックス・カーク選手にとって、日本は今や「ホーム」となっています。
プロバスケットボール選手としてできる限り長くプレーしたいという思いは常にありましたが、まさか日本という一つの国にこれだけ長く留まるとは想像していなかったと語っています。
しかし、今では日本が彼のホームとなり、ここでキャリアを続けられることを幸せに感じています。
日本が彼にとって魅力的なのは、人々がお互いに優しく、思いやりを持って接する文化があるからだと感じているからです。
彼は「日本は『お互いに優しくする』、『思いやりをもってお世話する』という点で世界一だと思います」と述べ、お互いに敬意を持って接する日本の文化が、彼自身も優しくされていると感じる大きな理由だと考えています。
前述の通り、日本国籍取得の過程でも家族からの大きなサポートがありました。
特に妻のレイチェル・アダムズさんが日本での生活を共にし、彼を支え続けたことは、彼にとって精神的な安定をもたらしました。
日本語の学習においては家族に頼るわけにはいかなかったものの、帰化手続きの面では全面的にサポートしてくれたと感謝の意を示しています。
家族の支えと日本の文化への深い理解が、アレックス・カーク選手が日本をホームと感じ、長くプレーし続ける原動力となっています。
来日したきっかけと帰化
アレックス・カーク選手の来日のきっかけは、トルコのアナドル・エフェスSKでの契約満了後、次の所属チームを探していたところにアルバルク東京から非常に良いオファーがあったことです。
スペインに行くことも検討していた中で、プロキャリアを続けるための素晴らしいチャンスだと感じ、日本や東京の評判も聞いていたため、このオファーを喜んで受け入れたと述べています。
来日当初は日本のバスケットボールコミュニティや文化についてあまり知りませんでしたが、プレーを通じて日本に馴染んでいきました。
特に、チームメートからの日本代表入りへの後押しが、日本国籍取得という大きな決断につながりました。
日本での生活と沖縄の魅力
アレックス・カーク選手は、日本での生活に非常に満足しています。
特に琉球ゴールデンキングスに加入してからは、沖縄での暮らしを楽しんでいます。
東京も素晴らしい街ですが、人が多く常に混雑していてスピードが速いと感じていたのに対し、沖縄は少し静かで、ゆっくりとした時間が流れていると感じているようです。この東京から沖縄への変化を彼自身が楽しんでいます。
沖縄では、妻と一緒に近所の堤防まで散歩して波や夕日を見ることがお気に入りの過ごし方の一つです。
オールスター期間中には、安藤誓哉選手や妻と一緒に外食やお茶を楽しむなど、プライベートも充実させています。
食事面でも、沖縄料理だけでなくアメリカンな飲食店も多いため、食生活も楽しんでいると述べています。
初めて沖縄料理を食べたのはアルバルク東京時代に都内の沖縄料理店で、その美味しさに感動したようです。
このように、沖縄の穏やかな環境と多様な食文化が、カーク選手の日本での生活をより豊かなものにしています。
アレックス・カーク選手の現在と今後
- アレックス・カーク選手は琉球ゴールデンキングスの中心選手として活躍しています
- 2024年1月に日本国籍を取得し、帰化選手となりました
- 2025-26シーズンも引き続き琉球でプレーすることが決定しています
- 日本代表としてもFIBAアジアカップ予選に出場し、攻守に貢献しています
- 妻レイチェル・アダムズさんとの間に第一子が誕生し、家族が増えました
- 家族の存在が彼のバスケットボールへのモチベーションを高めています
- チームではジャック・クーリー選手と共に強力なインサイドを形成しています
- 独特なフリースローフォームは相手選手を惑わせる武器となっています
- 琉球ゴールデンキングスの天皇杯優勝とBリーグ連覇を目指しています
- 日本をホームと感じ、キャリアを長く続けることを願っています
- オフコートでは沖縄の穏やかな生活を楽しんでいます
- 日本の「お互いに優しくする」文化を魅力に感じています
- バスケットボールを通じて日本と世界の架け橋となる存在です
- 日本代表での今後の活躍が期待されています
- 経験豊富なベテランとしてチームを牽引しています
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